デザインとビジネスの領域を横断しながら活躍されている方をゲストとしてお招きし、現在の活動やその裏側にある考え、楽しさ、苦悩などを弊社CEO水谷と語っていただくオンライントークイベントKURU JAM。
これまで、動画で配信してきましたが、もっと多くの方にお楽しみいただくため「読むKURU JAM」として記事化しました。
今回お越しいただいたのは、「建築と不動産のあいだを追究する」というコンセプトのもと、建築家や建築設計事務所からの依頼や協業業務に特化した不動産コンサルティングを行っている創造系不動産株式会社の高橋寿太郎さん。
高橋さんは、建築と経営のあいだ研究所「#あいだけん」というメディアを運営されており、今回は#あいだけん とKURU JAMのコラボとしてお送りいたします。
「デザインとビジネスのあいだ」というテーマで、建築と他の領域が交わることについて様々な視点でお話ししていただきました。
ぜひ最後までお楽しみください。
高橋寿太郎
1975年大阪生まれ。建築家。京都で岸和郎に師事し、2000年に建築工学とデザインを修了。2007年まで古市徹雄都市建築研究所で多岐にわたる設計業務を経験後、2011年に創造系不動産株式会社を創業。不動産仲介と建築家とのコラボレーションを中心に活動し、2012年にはスクールを開講。著書に『建築と不動産のあいだ』などがあり、2022年から神奈川大学教授に就任。グッドデザイン賞などの受賞歴も持つ。著書に『建築と不動産のあいだ』(学芸出版社 2015年)、『建築と経営のあいだ』(学芸出版社2020年)、その他に共著を4冊執筆している。
受賞に『これからの建築士賞』(東京建築士会2016)、『グッドデザイン賞』(2016年、2017年、2019年)。2022年4月より、神奈川大学建築学部教授に就任。
創造系不動産を設立するまで
まずは、建築家からしか依頼を受けない不動産会社。業界内でもかなり珍しい業態の不動産会社である「創造系不動産」が生まれた経緯や創造系のポリシーについてお伺いしました。
(水谷)今回のゲストは、創造系不動産株式会社代表の高橋さんです。本日は「デザインとビジネスのあいだ」というテーマでお話しできればと思います。よろしくお願いします。
(高橋)よろしくお願いします。
(水谷)まずは、創造系不動産を創設した頃のお話を聞かせていただけますか?高橋:もちろんです。創造系不動産は「建築と不動産のあいだを追究する」をコンセプトに、2011年に設立しました。当時は理解されにくく、目指すものについて尋ねられることも多かったですが、エイトブランディングデザインの西澤明洋さんの協力で形になりました。
(水谷)なるほど。私にはそのコンセプトがとても分かりやすいと感じていますが、やはり最初の頃は理解してもらえないという苦労があったんですね。
(高橋)ええ、特に最初の3年間は大変でした。大学で建築工学デザインを修了し、その後7年間設計事務所で働いていましたが、その後の進路に悩み、不動産会社に転職しました。当時は、設計事務所で働く人は同業界への転職もしくは独立をするのが一般的な進路であり、不動産業界への転職は非常に珍しい選択でした。
(水谷) 私も建築学科を卒業してから、2008年に不動産会社に新卒で入社しましたが、同じように感じていました。周りには不動産業界を選ぶ人がほとんどいなかったです。
(高橋)2008年は、まさに9月にリーマンショックが起きたやばい時期ですね。私も入社後にリーマンショックで不動産業界が厳しくなり、営業マンとしてチラシ配りや飛び込み営業を経験しました。この経験が創造系不動産を設立するきっかけになりました。
(水谷)設計と不動産の両方を経験したからこそ、この会社が生まれたんですね。
(高橋)そうです。創造系不動産は建築家の依頼に応じて動くのが特徴です。例えば「クライアントがいるがまだ土地がない」や「集合住宅の収支計画や資金調達の相談」といった依頼が来ます。建築家をターゲットとしているため、一般の方からのお問い合わせはお断りすることもあります。
(水谷)高橋さんは建築設計から不動産に行かれたんですよね。私は逆に、建築を学んだ後、新卒で不動産に行き、その後設計事務所を経営するようになりました。お互いに異なる領域を横断していますが、異なるアプローチですね。
(高橋)水谷さんの方が難易度が高いと感じますね。不動産から建築に行くのは技術的な壁が高いです。私の場合は心理的な壁が大きかったですが、技術的な壁は低かったです。
(水谷)私の場合、技術的な部分はもう一人の取締役が担当しているので、チームで補い合っています。それがうまく機能していると思います。
(高橋)横断的な領域で成功するためには、それぞれの専門家がタッグを組むことが大切です。水谷さんはまさにそれを実践されていますね。異なる領域を横断して顧客に価値を提供するのは難しいですが、大きな価値があります。
(水谷)その通りですね。
(高橋)どちらの領域も経験したからこそ、私たちは創造系不動産という形で新しい価値を提供できていると思います。
建築家が経営を学ぶことの重要性
(高橋)「建築と不動産のあいだ研究所」、通称「#あいだけん」。これは建築と経営の専門家を招いてインタビューを行うプロジェクトで、ライブ感が強く、始まる前は緊張することも多いです。でも、それが癖になるんですよね。このプロジェクトは(2022年現在)1年半続いており、多くの建築関係者から支持されています。
(水谷)確かに、ライブ感があると緊張しますよね(笑)。
(高橋)そうなんです(笑)。でも、その緊張感が逆に楽しくて続けています。例えば、隈研吾事務所の藤原徹平さんへのインタビューは、若い建築家たちにとても人気でした。彼の経験から学べることは多く、組織の大小に関わらず考えなければならないことが詰まっていました。他にも多くの建築関係者のインタビューを行っていますが、建築の作品よりも経営思考にフォーカスした内容が多いですね。
水:そのインタビューの一部は無料で見れるんですか?
高:はい、いくつかのインタビューはYouTubeで無料公開しています。検索すればすぐに見つかると思います。
(水谷)ありがとうございます!さっそくチェックします。
(高橋)ぜひ楽しんでください。インタビューの内容は、私の書籍「建築と経営のあいだ」の考え方がベースになっています。
建築や不動産の分野からさらに広がり、時代の変化と顧客の利益を捉えるために、理屈だけでなく実行力が必要だという視点で語っています。率直に言って、設計事務所を経営していくために必要なスキルのうち、建築設計のスキルは50%に過ぎません。
残りの50%は、極端に言えば販路開拓、つまりどう集客するか、どう受注するか、そして人脈や販売経路の構築をどう進めるかにかかっています。建築設計と販路開拓の2つのスキルが揃わなければ、事業を続けることはできません。
(水谷)なるほど、理屈ではなく、実行力を重視しているんですね。
(高橋)そうです。これらの内容が、私たちが目指している「#あいだけん」の核となります。
(水谷)非常に興味深いです。
(高橋)他にも、建築家の経営に関する実例を通じて、正解のない問題にどう向き合うかを議論しています。私は40歳を過ぎてからビジネススクールに入り直して、経営学修士号を取得しました。そこでは、本当に血の通った経営の話をする機会があり、やはり建築学にも建築経営に関するノウハウが必要になってくると痛感しました。
例えば、設計事務所の古くからある「徒弟制度」のような考え方は、業界が成長し分岐していた時代には通用しましたが、統合されて縮小している今の時代の採用において、通用しにくくなっています。今の時代における設計事務所の採用への正しい向き合い方は何なのか。そのような経営のための議論を真剣にする必要があると考えています。
(水谷)その視点は建築業界にとって非常に有益ですね。
(高橋)そう思います。建築家が経営を学び、実行力を持つことで、新しい価値を創造していけるはずです。これからも「#あいだけん」を通じて、こうした議論を深めていきたいと思っています。
これからの設計事務所の生き方
不動産コンサルティングや経営のレクチャーなど様々な角度から建築家のサポートを行う高橋さん。これからの設計事務所は何を大切にしていくべきかについてお話しいただきました。
(水谷) 最近、私たちの企画業務に興味を持つ設計事務所が増えていると感じています。中には「どうやっているの?」と尋ねられることもあります。設計業務に専念するのは悪くないと理解しているものの、他の展開に悩んでいる方も多いようです。そこで、高橋さんの考える「これからの設計事務所の生き方」や「設計業務以外の事業の広げ方」についてお聞かせいただけますでしょうか?
(高橋)そうですね、まず誤解を解きたいのですが、僕は「設計だけでは食べていけないから他のこともやりましょう」と言ったことはありません。
しっかりと設計領域に根ざして、設計だけをしっかりやっている人が突き抜けた成果を上げていると思います。なので、設計に加えて他の分野を展開することが、建築家として生き残るための唯一の方法だとは思いません。
あくまで自分の設計思想や技術を活かすために、経営サイド側でしなければならないこととしてやるのであれば良いと思いますが、建築設計だけでは、食べていけない時代だから他のことをやるという考え方では、逆にうまくいかないのではないかと思います。
過去の偉大な建築家たちも、強力な経営能力を持っていたからこそ成功したのです。設計の技術だけで歴史に残る人は少ないので、技術をしっかり保ちながら、経営の要素をうまく取り入れることが成功への道だと思います。
(水谷)なるほど、ありがとうございます。確かに設計に特化するのも本当に素晴らしいですが、異なる分野の方と連携することも価値が高まっていると感じます。例えば、創造系不動産がまさにその例ですね。他の領域とうまく組む事務所が成功しやすいのではないかと考えています。
(高橋)確かに、日本人の建築家は住宅から公共建築、遊休資産地の暫定活用まで、カバーすべき範囲が広がってきています。アメリカでは住宅設計に特化した建築家が少なくなっています。これは訴訟リスクやビルダーの影響が大きいからです。日本ではまだ多くの建築家が住宅を設計していますが、将来はどうなるかわかりません。今後も建築家がフォローする領域がどんどん広がることを考えると、異なる領域の専門家と連携するのは合理的ですが、その方法は感覚的にやるのではなく、しっかりした経営論に基づいて行うべきだと考えています。
(水谷)私も異なる分野の方々とプロジェクトを進める中で多くを学びました。デベロッパーとしての経験も今の仕事に生かされていますが、設計事務所としてクライアントと話すときは、設計だけでなくビジネスの視点からもコミュニケーションを取ることが大切だと感じています。
(高橋)それができるのは素晴らしいことです。多くの設計者はヒアリング能力が不足しています。建築系の教育はプレゼンテーションに偏りがちで、ヒアリングの重要性があまり強調されていません。ヒアリングをしっかりトレーニングすることで、建築家は大きく成長できると思います。
(水谷)まさにその通りですね。
新しいことにチャレンジするときの心得
不動産コンサルティングだけでなく、学びや中古建築家住宅の仲介、地方創生など様々な軸で事業を展開している高橋さんにチャレンジの心得を伺いました。
(水谷)創造系不動産はさまざまな新規事業に挑戦していますが、高橋さんが新しい事業を始めるときの判断基準を教えていただけますか?
(高橋)そうですね。まずは興味があることや、やりやすいことを試してみるのが大切です。失敗しても気にせず、話のネタになるくらいの気持ちで挑戦すればいいですね。
(水谷)それはとても前向きな考え方ですね。やる、やらないの判断はどうやって決めるんですか?
(高橋)創造系不動産では、「建築と不動産のあいだを追究する」という理念に合わない事業は手を出しません。儲けることだけを理由に新しいことを始めることもありません。
(水谷)なるほど。たくさんの新規事業を始められる中で、意識されていることはありますか?
(高橋)経営理論では「ピボット」という方法がありますが、それに基づいています。また、創造系不動産のOBに新規事業を引き継いでもらうことを理想としています。全てを自社で抱え込むのは大変なので、立ち上がりが難しい時は支えますが、うまくいきそうならお任せする形です。
※ピボット本来は「回転軸」を意味する英単語であるが、転じて近年は企業経営における「方向転換」や「路線変更」を表す用語としても用いられている。
(水谷)私はよく 先輩経営者から「打席に立ち続けろ」とアドバイスを受けますが、それが体現されていると感じます。失敗することもありますか?
(高橋)そうですね、失敗は多いです。でも、常に変化し続けています。建築家の巨匠たちも時代とともにビジネスモデルを進化させてきました。
(水谷)建築家のビジネスモデルも変わり続けているんですね。
(高橋)そうです。ルネサンスからずっと変化しています。日本の巨匠たちも経営が上手だから長年にわたって成功しているのだと思います。変化をどう取り入れるかが重要です。
創造系不動産の夢
(水谷)最後に、高橋さんが「領域を横断して挑戦したいこと」があれば教えてください。
(高橋)もちろんです。私の夢は、建築の世界のMBAスクールを作ることです。文科省に認可された経営大学院を設立することが目標です。
(水谷)素晴らしいですね。
(高橋)できるかは分かりませんが、必要だと思っています。優秀な人に校長や教授になってもらい、学校作りをサポートしてもらいたいです。自分ができる範囲は限られていますが、日本の建築家が大好きだからこそ、この文化を守りたいんです。現在、その準備を進めています。
(水谷)確かに日本には多くの建築家がいますが、経営の部分に目を向けられている建築家はごくわずかだと感じています。
(高橋)はい。先ほども申したようにアメリカでは住宅作家が減り、ヨーロッパでは富裕層向けの建築が増えていますが、日本の柔軟な考えの建築文化は貴重であると考えています。その文化の持続のためにもビジネススクールが必要です。将来的には必ず実現したいと思っています。
(水谷)僕もそのスクールでお手伝いできるように頑張ります。
(高橋)ぜひお願いします。
(水谷)この4月から高橋さんが神奈川大学で教授になられたのも、その第一歩ですか?
(高橋)大学教授とビジネススクールの設立は違います。大学教授は大学の組織に貢献し、学生にも貢献しなければなりません。ただ、今教育や大学経営の現場を見ることが重要だと思いました。
(水谷)楽しみですね。これからも色々教えていただきたいですし、一緒にできることがあればと思います。
(高橋)水谷さん、実際にお手伝いするって言いましたね?
(水谷)はい、録画にも残っています(笑)。できることがあればぜひお願いします。
(高橋)ありがとうございます。
(水谷)今日は貴重なお時間をありがとうございました。第3回目の高橋さんとの対談は光栄です。引き続きご一緒できればと思います。少し長くなってしまいましたが、この辺で終わりたいと思います。ありがとうございました。
(高橋)ありがとうございました。
おわりに
高橋さんの前向きな姿勢や新しいことに挑戦する姿は、とても励みになります。失敗を恐れずに挑戦し続ける姿勢が、成功のカギだと再確認しました。また、建築のMBAスクール設立という夢には、業界の未来を見据えた深い思いが込められていると感じました。実現が楽しみです。
この対談を通じて、高橋さんの考え方や情熱に触れることができて、とても嬉しかったです。これからも高橋さんの背中を見ながら、私自身も様々なことに挑戦していこうと改めて感じました。
※本記事はイベントの対談内容を、要約・編集の上補足したものです。
※より濃密な話が聴ける本編はこちらからどうぞ!https://youtu.be/NIsyiZuWuEA?si=aCiPZss4tty-yL1U